こんにちは、アラサーMRのヒサシです。
2020年のコロナ禍以降、現役MRの皆さんはどのくらい勉強したでしょうか?
誰かに言われずとも、自主的にガッツリと勉強した人。
自粛期間にかこつけて、勉強せずにマッタリしていた人。
コロナが流行る以前と同じく、マイペースに勉強していた人。
きっと様々だと思います。
そもそも、コロナ禍によって増えた【不毛な内勤(WEBでの会議・面談など)】で忙殺され、勉強どころじゃなかった人も多いかもしれません。
かくいう私自身はと言うと、不毛な内勤以外の時間は、製品知識・業界知識・その他諸々の勉強をしていました。
…が、勉強時間の割に知識が頭に入っていない気がします!(汗)
勉強したのに知識が身に付いてないのなら、全く意味がありません。
極端な話、勉強した時間が無駄だったとも言えます。
勉強はMRの本分だと思う反面、最近は自分の脳の許容量に限界を感じたりもしていました。
勉強した内容について当日は覚えていられても、数日経つと忘れてしまうんですよね。(汗)
人間だから忘れるのは仕方ないと、ある程度割り切っているのですが…
後日、自分が勉強した箇所を覚えていない(思い出せない)ことがあると結構凹みます。
まさに、脳内にて知識の『一増一減』が起きている気がします。
(※日によっては『一増二減』のときもアリ。)
まさに、病院の薬審かよって話です(汗)
MRという職業そのものは、自分の性に合っていると自負している私ですが…
ここ最近は『MRは日頃から勉強する必要があるので、正直しんどい…』という意見も理解できるようになってきました。
今回は、そんな『MRの勉強』というテーマで記事を書いてみました。
本記事では、MR認定試験の受験から、日々の営業活動における内容まで、今日に至るまでの実体験を余すことなく綴っています。
付け加えると、なぜ勉強が大変だと思うのかについて、現役MRとしての本音もブチ撒けています。
MRが行っている勉強の実態について興味がある方は、是非ともご一読いただけますと幸いです!
初めに:30歳を超えてから頭脳の衰えを感じる
MRは勉強することで知識が増え、その知識が営業活動で役立つ。
そして、最終的には売上アップへと繋がっていく。
MRとしては、ごく当たり前のプロセスです。
…が、最近はその中にある『勉強』という行程に疲れている自分がいることに気付きました。
今まで、私は『勉強』が好きとは言わないまでも、少なくとも『嫌い』ではありませんでした。
勉強して新しい知識が増えれば嬉しいし、その知識を活用して良い仕事ができたときはもっと嬉しい。
そんな風に思っていましたが、30代に突入したのを境に、少しばかり風向きが変わってきました。
こんなことを書いてしまっては、年上のMRさんから叱られそうですが…
30歳を超えた頃から、徐々にですが記憶力が衰えてきたように思います。
もちろん、これはあくまで私の主観に過ぎません。
これは何かの記憶力テストみたいなツールを使って数値化したワケではないですし。
しかしながら、です。
10代よりも20代。
20代よりも30歳越えの現在。
…といった具合に、徐々にですが確実に頭の回転(記憶力含む)が鈍ってきています。
少なくとも、私の中ではそういった手応えがあります。
もちろん、悪い意味で…です!
例えばですが、10代の頃ならば一夜漬けで覚えられたであろう内容について、アラサーとなった現在ではキツいと感じたりとか。
文献を読んでも、20代の頃ほどスムーズに理解できなかったりとか。
子供~青年時代と比べて、知的好奇心が乏しくなってきていることを自覚したりだとか。
これが“老いる”ということなのか?
…などと感じたりしている今日この頃です。
10代~20代の頃は、こんな風に思う日が来るなんて考えたこともありませんでした。
正直言って、自分でも驚いているくらいです。
若い時代の気力&体力のみならず、脳ミソの新鮮さは“有限”である。
その事実を、今まさに突き付けられている気分です。
それと同時に、ここ最近は『アラサーでこんな状態だったら、この先40歳や50歳になったらどうなるんだ?』という不安が少しずつ芽生えてきました。
まあ、そんな不安とは関係なく、MRとして目の前の仕事に食らい付いていくしかないんですけどね。
医療の世界は、常に日進月歩です。
よって、MRを取り巻く環境は日々アップデートされていると言っても過言ではない。
この流れから弾き出されないように、MRとしては日頃から勉強を行う義務がある。
そのように思う反面、自分の頭が鈍っていることを自覚する度に、何とも言えない歯痒い気持ちになるものです。
“若さ”とは、それ自体が貴重なものだったのだと今にして悟りました!(汗)
MR認定試験の勉強なんて“序の口”に過ぎない
MRとして働く以上、避けては通れないMR認定試験。
私は異業種からMRに転職した人間ですが、このMR認定試験の勉強は確かに大変でした。
当ブログで何度も述べている通り、私の前職は医薬品卸のMS(営業)です。
そのため、医薬品のことを含む業界知識は多少なりとも持ち合わせていました。
…が、それでもMR認定試験の勉強自体は大変だった記憶があります。
特に、疾病系の勉強は苦労したなぁ…(遠い目)
まあ、キッチリと勉強した甲斐あって、MR認定試験には1回の受験で合格できました。
しかし、今こうして現役MRとして営業活動していて思うのは、MR認定試験のための勉強なんて、ぶっちゃけ大したものではなかったという事です。
疾病にせよ、医療制度にせよ、MR認定試験に出題される内容は“基礎中の基礎”なんですよね。
ハッキリ言って、MR認定試験に合格した程度の知識レベルでは、医療従事者(特に医者)とまともに会話することすら儘なりません。
そのくらい、MR認定試験の内容は“必要最低限の知識”なんですよ。
所詮、MR認定試験のための勉強なんて単なる座学ですからね。
それに比較して、現役MRとして強いられる勉強は本当に大変です。
自社の医薬品に関して、添付文書やインタビューフォームの隅々にまで目を通す。
そして、それらの内容について自由自在にアウトプットできるレベルを目指す。
もちろん、製品リーフレットや説明会用スライドについても同様です。
自社が作成しているツール類を万遍なく使いこなせないと、MRとしては話になりません。
さらには、競合品の情報についても頭の中に入れておかないといけない。
その他にも、MRとして勉強するべき事柄は沢山あります。
マジで勉強することが無限にあるので、私自身も頭がパンクしそうになる時があります!
要するに、ただ机の前に座って、ひたすら勉強して、テストで良い点を取れば良いという単純な話ではないのです。
詳しくは後述しますが、薬以外の物事に関する知識&テクニックを磨く必要もありますからね。
MR認定試験の勉強を10とするなら、MRとして常日頃から行うべき勉強は100って感じです。
そのくらい、MRとして一人立ちして以降に求められる勉強量は膨大です。
結論、MR認定試験のための勉強なんてMRにとっては“序の口”に過ぎないのです。
MRとして勉強を“継続”することの大変さ
当たり前のことですが、MRにとって『勉強の継続』は必須です。
先ほどお伝えしたMR認定試験に合格したからと言って、勉強を怠ってはいけません。
むしろ、MR認定試験の後こそが本番です。
…と言うのも、MRという職業は“勉強するのが仕事”とでも言うべき側面がありますからね。
勉強しないMRは、ほぼ間違いなく売上が低迷している。
自他ともに、勉強しているか否かがMRとしての実績に直結している。
そのように断言できるくらいには、私は現役MRとして勉強することの大切さを肌で感じています。
実際のところ、医療従事者(特に医者)は【MRが勉強しているかどうか】をよく観察していますからね。
勉強を怠っていると、そもそもMRとしてスタートラインにすら立てないのです!(汗)
さてさて、私の担当領域はスペシャリティ&オンコロジーといった感じです。
そのため、当然ながらその領域に沿った勉強を継続しています。
ですが、ぶっちゃけ“勉強の継続することの重要性”については領域なんて関係ないと思っています。
極端なことを言えば、勉強すること自体がMRの義務なのかなと。
プライマリーMRだろうと、オンコロジーMRだろうと、勉強という要素から逃げることは出来ない。
新薬が発売される度に、その薬の作用機序・有効性・安全性などを勉強しないといけない。
添付文書・インタビューフォーム・RMPの内容を熟読し、なおかつアウトプットできる状態にしないといけない。
同時に、色々な文献を読んだり、疾患の周辺知識を深めたり、医療制度について学んだりすることも必要です。
詳しくは後述しますが、競合品が発売された時も勉強は必須です!
要するに、ライバルの研究を怠っては駄目なのです!(汗)
早い話、一時期だけ集中して勉強すれば良いワケではないのです。
とにかく継続、継続、継続。
これこそ、MRが行うべき勉強の真髄です。
私は今まで、こういった『勉強の継続』について、それほど苦ではありませんでした。
しかし、先述した通り記憶力の衰えを感じるようになってきたのも事実です。
このことを自覚して以降は、それなりに『勉強するのがキツい』と思うようになってきました。
MRにとって競合品の勉強は必須である
MRとして自社の医薬品についてだけ詳しければ良いかと言うと、決してそんな事はありません。
MRたるもの、競合品についての知識も頭に入れておかなければダメです。
なぜかと言うと、競合他社に属しているMRの活動方針を理解しておく必要があるからです。
もちろん、昨今は販売情報提供活動ガイドラインというルールが制定された影響により、MRが他社の薬剤について触れることは禁じられています。
当然ながら、他社製品について誹謗中傷を行うなんてのは以ての外です。
もし誹謗中傷した事実が表沙汰になったら、MRとしてクビが飛びますからね!(汗)
しかしながら、です。
MRとして競合品の特徴を一切知らないまま営業活動を行うのは、それはそれで愚かなことです。
MRとして扱っている製品や領域にもよりますが、競合品が全く存在しない環境で仕事をしているMRは少数派でしょう。
だからこそ、ライバルである競合MRについて研究&分析することが大切なのです。
常にこのような思考を絶やさずに、競合品に関する勉強を行う。
こういった習慣が無ければ、MRとして良い結果を残すことは難しいでしょう。
そのくらい、競合品について理解を深めることは大切なのです。
実際のところ、私の周囲にいるMRを観察していると、競合品についての勉強を怠っているMRほど営業成績が悪い傾向があります。
要するに、薬剤のシェア争いで負けてしまっているワケです!
この背景を読み解いていくと、競合他社のライバルMRに出し抜かれてしまっていることが原因の1つであるように思えます。
確かに、MR個人の力で製品力の差を覆すことは出来ません。
ですが、勉強によって薬に関する知識面を増強することは出来ます。
だからこそ、勉強によって蓄えた知識量の差とは、営業現場において如実に現れるものです。
自分が競合品について勉強しているように、競合しているMRもまたこちらの薬剤について勉強をしている。
そして隙あらば、相手はこちらの薬剤に打ち勝つための方法を探っている。
MRとして働く以上は、そのくらいに思った方が良いでしょう。
以上のことから、MRとして競合品の勉強を行うに越したことは無いのです。
MRは薬以外の勉強も行う必要がある
今さら言うまでも無いことですが、MRとは営業職です。
製薬会社に所属している営業マンです。
営業マンたる者、会社から課された“営業”という名の任務を遂行してこそ一人前。
よって、MRには“営業スキル”も求められます。
…とはいえ、一言で営業スキルと言っても、その内容は多種多様です。
MRとして、失礼のない言葉遣い。
第一印象を良くするための演出方法。
効率の良いアポイントの取り方。
顧客と会話する際のノウハウ。
プレゼンを行う際のセオリー。
何なら、心理学を応用した人間関係の構築術だって“営業スキル”と呼べるでしょう。
MRにとって対人能力は超重要なのです!!
このような営業スキルとは、一朝一夕で身に付くような代物ではありません。
しかも、会社側が懇切丁寧に指導してくれるとも限りません。
一応、どんな製薬会社でも必要最低限のマナー研修などは行われていますが…
実際には、MR個々人による努力が求められます。
早い話、本を読むなり、ビジネス塾に通うなり、常に自己研鑽をする必要があるワケです。
かくいう私自身も、今までに営業関連の本を何冊も読んできました。
既に売ってしまった本も多いのですが、今でも何冊かは我が家の本棚にて保管しています。
本を読み、知識を吸収し、トライ&エラーを繰り返すこと幾数年。
少しずつではあるものの、私はMRの営業現場で使えるテクニックを1つずつ習得してきたという手応えがあります。
例えばですが、医師に対して【メールでの返事を催促する方法】ですとか。
他には、どんな場面でも応用が利く【失礼のない言葉遣い】ですとか。
当ブログでも幾度か記事化していますが、こういったテクニック類は独学によるところが大きいです。
会社は決して教えてくれない、薬以外の物事に関する知識や知恵。
とにかく、これら全てをひっくるめて“MRが行うべき勉強”なんですよね。
そして、先述した通り“勉強”を“継続”してこそのMRです。
この“継続”について、長期的に耐えられるか否か。
それこそが、MRに求められている適性の1つだと思うワケです。
知識不足のMRを嫌う医師は多い
私が担当している病院に、知識不足のMRを嫌っている医師(部長)がいます。
なぜかと言うと、知識不足のMRと会話しても“時間の無駄”だと思っているからだそうで。
そんな考え方が影響しているのか、新人MRとは絶対に会いたくないとまで断言しています。
その理由は単純明快で、その先生の中では『新人MR』=『知識が乏しいMR』という図式が成り立っているからなのだとか。
新人MRの立場からすれば厄介極まりないタイプの相手ですが、忙しい医師からすれば至極ご尤もな意見でもあります。
(※詳細について興味がある人は下記のリンク先を覗いてみてください!)
『新人MRは嫌い』と主張している医師について現役MRが思うこと
上記のような医師は、この業界内に数多く存在しています。
医師というのは、私たちMRが思っている以上に多忙な職業です。
よって、医師たちは時間の使い方について非常にシビアです。
どうせMRと面会するのなら、実りある時間にしたいね!
医師がそのように思うのも、まあ無理はない話です。
…が、ここで1つ本記事のテーマである『MRの勉強』について焦点を当ててみましょう。
医師がMRと面会するのは、ザックリ言うと薬に関する情報提供を希望しているからです。
簡単に言うと、MRがもたらしてくれる情報に期待しているワケです。
そんな医師のところに、大して勉強していないMRが訪問したらどうなるでしょうか?
十中八九、反感を買う展開になるでしょう。
こんな具合に医師を失望させてしまったら、MRとしては本末転倒です。
自社医薬品について処方を依頼するどころか、そもそも聞く耳を持ってもらう事すら難しいです。
そして殊更ヤバいのは、次回の面会で挽回する機会すら与えられない可能性もあるという点です。
それもそのはず、これは医師の立場からすれば当たり前の話ですよね。
だって、医師としては忙しい業務の合間を縫って、わざわざMRと面会してくれたワケですから。
それなのに、いざ面会にやって来たMRは勉強不足が透けて見えるような人物だった。
その結果、医師が『このMRと会う価値は無い』と判断したとしても、何ら不思議ではないのです。
これらは全て、MRの勉強不足によって引き起こされる現象です。
こんな具合に、MRとして勉強不足の代償は高くつきます。
医師からの期待を裏切り、信用を失い、さらには汚名返上のチャンスさえ逸する。
こういった状況に陥らないためにも、やはりMRは常日頃から勉強を行う必要があるのです。
一度でも医師の心証を損ねてしまったら、挽回するのは至難の業なのです…!!
受験勉強に終わりはあるが、MRの勉強に終わりはない!
これまでの人生を振り返ってみると、勉強時間の最大瞬間風速を記録したのは受験の時でした。
高校や大学を受験するときは、それはもう凄まじく勉強したものです。
よくもまぁ半年~1年くらいもの間、毎日毎日、夜遅くまで勉強できたもんだと今では思います。
ここで言っている勉強とは、座学的なインプット学習のことです!
もちろん、大学に在籍している時も勉強はしました。
ですが、正直言って受験勉強の時ほどではなかったと思います。
じゃあ、なぜ受験勉強を頑張れたのか?
私が思うに、それは合格(または不合格)までの期間が定められていたからです。
こんな風に思うことで、私は勉強に関するモチベーションを維持していました。
では、MRの勉強に関してはどうか?
MR認定試験に合格したとしても、その後も勉強を継続しなければいけない。
しこたま勉強して知識を身に付け、その知識を活かして売上をアップさせたとしても、翌年にはさらに大きな売上計画が降ってくる。
それだけでなく、医療に関する新しい情報を吸収&消化するだけで精一杯。
しかも、今日学んだ知識が、明日には最新のモノでなくなっている可能性だってある。
どれだけ勉強しても、学ぶべき事柄は無限にある。
ましてや、年齢による衰えも少しずつ顕在化してくる。
若い頃と同じく、連日連夜のように勉強に励むスタイルを維持するのは難しくなってくる。
そんな流れの中に居ると、徐々にではありますけど、疲れは確実に溜まっていきます。
例えるなら、終わりのないマラソンをしているような感覚です。
私はMRになりたての頃こそ、勉強することを含めてMRの仕事が新鮮に思えました。
MSだった頃に触れることのなかった知識に触れ、良い意味で自分は刺激を受けていることを実感していました。
しかし、そんな新鮮味や刺激感に慣れてくると、今度は次第に疲労感・虚無感といったものが感じられるようになってきたのです。
…なんてネガティブなことを、頭の隅で考えることも少なくないです。
ここにきて、私はようやく『MRは勉強するのが大変な職業だ』と言う人の気持ちが分かってきました。
繰り返しになりますけど、MRにおける“勉強”とは“継続”してナンボです。
受験勉強やMR認定試験のように、特定の期間だけ座学を頑張れば良いという類のものではありません。
MRの仕事とは、テストで良い点を取ることではありませんからね…
そのため、MRは色々な意味で時間やら労力やらを消耗します。
付け加えるなら、気力もですかね。
こういった精神的な疲労感は、MRとして年齢を重ねるほどに増していきます。
勉強という名の『終わりが見えない継続』を強いられる。
なおかつ『衰えていく自分自身』と向き合う。
MRが行うべき“勉強”には、こういった“負の要素”も含まれている。
だからこそ、MRの勉強は大変だと主張する人間が多いのかなと。
とても個人的な意見ですが、私自身はそのように思っています。
まとめ:MRの勉強は大変なのか?その答えは『YES』だと思うぞ!
再三のことで恐縮ですが、私個人としてはMRは勉強するのが大変な職業だと思っています。
医療従事者(特に医者)を顧客として営業活動するという職業柄、この“勉強”という要素から逃げることは出来ません。
MRはMRである限り、延々と勉強し続ける必要があります。
まさに、終わりのない戦いといったところです。
こういった労働環境に疲れてしまう人の気持ちも、今では理解できるようになってきました。
新人MRだった頃とは異なり、このような視点の変化には私自身も驚いています!
空気を吸うかのように勉強を継続できるレベルの人間ならば、おそらくMRは天職でしょう。
しかし、そこまでして勉強を継続する習慣がある人は、そもそもMR以外の職種で活躍している気がします。
大半のMRが一度は経験するあろう、まさに“勉強疲れ”とも呼ぶべき現象。
それは即ち、多くのMRにとって立ち向かわなければいけない壁なのかもしれません。
そして、そのような場面で勉強へのモチベーションを維持できるかどうかが“MRとしての分かれ目”なのだとも思います。
この“勉強疲れ”を上手く乗り越える、あるいは、上手く付き合えるか否か。
それこそが“MRとしての適性”を問われる部分なのかなと。
私は2016年からMRとして働いていますが、数年間のMR経験を経て、ここ最近はそんなことを考えるようになりました。
それなりに長くMRをやっていると、勉強への見方にも変化が生まれるものです!
今のところ、私はMRを辞めるつもりは全くありません。
…が、勉強という行為そのものに対して、モチベーションを保つ方法を模索していく必要があるとは感じています。
こんな時こそ初心に帰り、そもそもMRが勉強する目的だとか、勉強の方法だとか、MRの存在意義だとか、色々な物事について見つめ直すべきである。
自分自身にそう言い聞かせている、今日この頃です。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました!
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