こんにちは、元MSのヒサシです。
医薬品卸が常日頃から行っている【急配】と呼ばれる業務。
業界内では“過剰サービス”との呼び声も高いのですが、なぜそのように呼ばれているのでしょうか?
それは急配が“無料”で提供されているサービスだからです。
注文が入ってから、1時間以内の配送。
夜中に注文され、明朝までが期限の配送。
本来の配送ルートを変更し、指定時間に間に合うように届ける配送。
これらは全て、医薬品卸が“無料”で行っていることです。
配送に伴うコストは、全て医薬品卸の負担となる。
顧客はノーコスト&ノーリスクで気軽に急配を依頼できる。
そのような背景もあり、相次ぐ急配によって医薬品卸は疲弊しています。
だからこそ、卸各社では『急配を有料化するべきでは?』との議論が以前から交わされています。
…が、令和4年の時点においては、どこの卸も急配を有料化してはいません。
私がMSとして働いていた平成の頃から、急配を有料化については幾度となく実現の噂が立っていたんですけどね。
では、一体なぜ、医薬品卸は急配を有料化しないのか?
その理由には諸説ありますが、私個人としては『有料化に伴うリスク』を恐れているからではないかと考えています。
例えばですが、有料化と同時に、医薬品の注文を減らされるとか。
あるいは、医薬品の取引そのものを打ち切られるとか。
平たく言えば、顧客からの反発ですね。
急配の有料化が発端となって嫌われてしまう可能性がある…というワケです。
そういったマイナスの展開を想像して、卸各社が尻込みしてしまっている。
詰まるところ、そういうことなのでしょう。
今まで無料だったサービスを有料化する時点で、少なからず混乱が起こるだろうからなぁ…
どの卸も、急配を有料化したいと本音じゃ思っている。
だって、その方が自社の収益に好影響があるワケですから。
しかし、もしそれを実行に移せば、顧客からの反発は避けられない。
場合によっては、反発を通り越して“報復”というレベルにまで事態が発展するかもしれない。
それがイヤだから、渋々ながらも急配というサービスを“無料”で提供し続けている。
それが医薬品卸にとっての実情ではないでしょうか?
アルフレッサも、メディセオも、スズケンも、東邦も、その他の卸も、皆そうです。
何れにせよ、広域卸・地場卸を問わず、卸各社には様々な思惑があるのだと思います。
そこで、この記事では急配を有料化に関して、個人的な考察を綴ってみました。
卸各社が急配を有料化しない理由
今さら言うまでもないことですが、医薬品卸は民間の営利企業です。
営利企業とは、利益を稼いでナンボの団体です。
つまり、利益の最大化を図るのが使命なんですよね。
どれだけ崇高な企業理念を掲げようが、どれだけ高尚な美辞麗句を並べようが、これが営利企業の現実です。
だったら、今すぐに急配を有料化して利益をガンガン稼げば良くね?
…と思う人もいるかもしれませんが、そう単純な話でもありません。
正味な話、どの医薬品卸も急配を有料化できるなら、今すぐにでも有料化したいはずです。
ただでさえ医薬品の卸売事業によって利益を稼ぎにくくなっている今のご時世、急配を有料化すれば、一定の利益金額が見込めるでしょう。
ついでに言うと、急配に伴う人件費・ガソリン代・高速道路代などの各種コストも削減できます。
医薬品卸が儲かっていない証拠!MS時代に経費削減を強要された体験談
急配を有料化すれば、新たな利益源になり得るし、社内でのコスト削減にも役立つ。
一見すると、医薬品卸にとってはメリットだらけのように思えますよね。
しかし、もしコレを実行するとなる、そこには大きなリスクが付随してきます。
一体、それは何か?
一言でまとめると『顧客からの反発』です!!
だって考えてもみてください。
今まで無料だったサービスが、いきなり有料になるワケです。
これには有料となった場合の金額にもよりますけど、多くの場合、顧客の立場からしたら面白くありませんよね。
医薬品業界で過去の有料化事例を振り返ってみると、2021年の【Dr.JOYの有料化】が有名でしょうか。
今にして思えば賛否両論の出来事でしたが、結果として一定数のユーザーがDr.JOYの方針に反発し、離れていったことは事実です。
有料化のやり方次第では、顧客から不興を買うという良い見本でしたね(汗)
もし医薬品卸が急配を有料化しようものなら、それこそDr.JOYの比ではないレベルの反発が巻き起こるでしょう。
病院、開業医、そして調剤薬局。
その卸と取引している施設の数だけ、批判的な声が発生することは間違いないです。
医薬品卸が恐れているであろう、急配を有料化した場合のリスク。
それは具体的にどのようなリスクでしょうか?
そして、そのリスクが顕在化したとき、医薬品卸はどのような状況に陥るでしょうか?
その辺りの事情について、もう少しばかり掘り下げていこうと思います。
① 売上(シェア)の低下を恐れている
急配というサービスについて、有料で提供する卸。
一方で、今までと変わらず無料で提供する卸。
顧客の立場で考えたとき、どちらの卸と取引をしたいと思うでしょうか?
それは言うまでもなく後者ですよね。
急配について有料と謳っている卸なんかと取引したいと考える顧客が、一体どれだけいるでしょうか?
医薬品卸は複数あるワケですから、無料で急配してくれる卸が顧客に選ばれるのは、ハッキリ言って当然のことです。
例えばですが、あるエリアにA社・B社・C社という3つの医薬品卸がいたとします。
そして、ある日突然、A社が急配を有料化したとしましょう。
そんなとき、顧客である医療従事者たちは、きっとこう思うのではないでしょうか?
こんな具合に、A社に出していた医薬品の注文が、B社またはC社に流れる可能性は十分にあります。
これはA社にとって、最も憂慮すべき事態です。
他社に注文が流れるということは、言い換えれば自社の売上(シェア)が減るということです。
それに伴って、利益の金額も減りますよね。
こうなると、急配の有料化によって儲けるどころではありません。
それどころか、急配を含めたあらゆる注文がゼロになる可能性すらある。
付け加えると、ライバルであるB社やC社は、売上・利益ともにアップすることになりかねない。
B社やC社にとっては“ウハウハ”な状態だわな!
自社は損をして、競合他社が得をする。
これって商売をする上では最悪のシナリオですよね。
詳しくは後述しますが、もし“一番手”で急配を有料化した卸は、まず間違いなくこのような展開に見舞われることでしょう。
② 顧客からの信用失墜を恐れている
売上や利益と同じか、あるいはそれ以上に大切な要素。
医薬品卸にとって、長年に渡って築き上げてきたモノ。
目には映らない、無形の財産。
それが『顧客からの信用』です!!
この信用という要素をバカしてはいけません。
なぜかと言うと、信用は一度失うと、後から取り戻すことが極めて困難だからです。
売上・利益のような数字とは異なり、この信用とは数値化することが出来ません。
言ってみれば、目視では確認できないワケです。
だからこそ、疎かにするのは危険な要素だとも言えます!
ビジネスというのは、結局のところ信用によって成り立っています。
相手のことを信用しているから、契約を結ぶ。
相手のことを信用しているから、取引を行う。
相手のことを信用しているから、関係を継続する。
ビジネスとは、そして商売とは、信用があって初めて上手くいくものです。
だって、信用できないような業者と関わりたいと思う顧客なんて、ぶっちゃけいませんよね?
だからこそ、歴代の担当MSたちは必死になって営業活動を行い、取引金額を増やすように努めてきたのです。
とある施設にてトップシェアを誇っている卸も、元を辿れば10年や20年という長い歳月をかけて、少しずつ信用を獲得してきたはずです。
そういった過去の努力が積み重なって、今日の状態へと至っている。
詰まるところ、そういう話です。
では、先ほどとな同じくA社・B社・C社を例にして考えてみましょう。
もしA社が急配を有料化したとして、そんなA社の姿勢について、顧客サイドはどう思うでしょうか?
理由はどうであれ、他に急配無料のB社やC社が存在している時点で、A社は立つ瀬がなくなります。
急配の有料化という一点だけで、下手をしたら『自社の都合を顧客に押し付ける自分勝手な会社』などと見做されかねません。
それはつまり、顧客から嫌われるということ。
顧客からの信用を失うということを意味しています。
そして、その悪印象が固定されることもまた、避けられないことでしょう。
従いまして、長期的な観点から見た場合においても、急配の有料化によるマイナス影響は大きいであろうことが予想されます。
あくまで仮定の話ですが、急配の有料化が気に食わなくてA社と取引を止めた顧客がいたとしましょう。
その後、そのような顧客がA社に対して心を開く日は、果たして来るでしょうか?
可能性はゼロではないでしょうけど、限りなくゼロに近いのではないでしょうか?
未来における取引の芽を摘んでしまう。
今後における顧客との関係を閉ざしてしまう。
”信用”という無形の財産を失うことにより、このような展開へと突入することは容易に想像できます。
“一番手”で有料化した卸が最も損をする
収益改善のため、本当は今すぐにでも急配を有料化したい。
しかし、それを実行すれば間違いなく競合他社へと顧客が流れてしまう。
これが医薬品卸各社にとって悩ましいところであり、なおかつ急配の有料化に踏み切れずにいる理由なのだと思います。
他社が急配について無料対応している以上、その状況で自社だけが急配を有料化したら、それは悪手にしかなり得ないワケです。
簡単にまとめると、各社ともに『一番手で急配を有料化する卸にはなりたくない』と考えているということです。
大体にして、急配を有料化すると言っても、どうやって線引きすれば良いのでしょうか?
急配1件につき、一律で1,000円を別途料金として請求するのか?
1ヶ月の中で急配1回までは無料だけど、2回目以降は有料とするのか?
時間指定の配送を依頼されたら、問答無用で例外なく料金を請求するのか?
定期便に載らなかった商品の配送については、その全てを急配便として扱うのか?
購入金額が大きい施設(いわゆる重要顧客)なら、急配の料金を安くするような優遇措置を取るのか?
【デポ】からの距離に応じて配送コストを試算し、遠方の施設に急配するときほど高額な代金を請求するのか?
こんな感じで、急配の有料化に伴って決めておくべき事柄は山ほどあるワケです。
そもそも、急配の定義自体が曖昧だったりするからなぁ…
そして、最終的にはどのような形を取ったとしても、顧客からの反発は避けられないでしょう。
何と言っても、業界内では前例の無いことですからね。
それだけに、急配を有料化した場合の展開が読みにくい。
もし急配の有料化について経営判断を間違えれば、会社として大きなダメージを追うことになります。
そして、そのダメージとは一番手で急配を有料化した卸ほど凄まじいことになるはずです。
まさに四面楚歌といった感じで、各方面の顧客から袋叩きにされることでしょう。
現役のMSであれば知っての通り、世の中には【悪意に満ちた取引先】が山ほどいます。
彼らのようなタイプの人間は、もし急配の有料化をしたら容赦なくバッシングしてきそうです。
それこそ医師会や薬剤師会などを通じて、組織ぐるみで急配の有料化について批判してくる可能性すらあります。
まあ、流石にそこまでしてバッシングしてくる顧客は多くはないだろうけど…(多分)
医薬品卸にとって、顧客である医療従事者たち。
彼らは常に、医薬品卸のことをよく見ています。
だからこそ『急配の有料化』が一人歩きして、会社のイメージを損ねてしまう可能性もあるワケです。
卸側にどんな理由があるにせよ、顧客側が急配の有料化について快く受け入れてくれるはずもない。
結論として、もし“一番手”で急配を有料化した場合、その卸は多大なるリスクを負うということです。
そのリスクを恐れて、どこの卸も急配に関しては現状維持することを望んでいる。
今日も今日とて、静観することを決め込んでいる。
本音じゃ『どこかの卸が急配を有料化したら、きっとウチも追随するのになぁ…』などと思いながら。
ある意味では他力本願なところもありつつ、医薬品卸各社は今日の状態に至っているのだと思います。
“二番手・三番手”で有料化した卸が得をする?
もし仮にどこかの医薬品卸が急配を有料化したとして、混乱が起こるのは必至。
それこそ、最初の半年~1年くらいは、顧客からの総スカンを食らうことでしょう。
しかしながら、一番手の卸に追随して、二番手・三番手で急配を有料化する卸が出てきたらどうでしょうか?
一番手の卸が上手くいった点と、上手くいかなかった点。
急配の有料化について発表した時の、顧客からの反応。
どのような配送便を“急配”と定義して運用したか。
それらを踏まえて、対策を講じることが出来ますよね。
率直に言うと、これはメチャクチャ大きなメリットです。
例えばですが、こんな感じで分析&対策を行うことも可能です。
業界内でも前例が無いことですから、どう考えても一番手の卸が叩き台にされる。
成功要因も、失敗要因も、その全てを競合他社に分析&研究される。
これは間違いありません。
だからこそ、二番手以降の卸は顧客から反発されるリスクを最小限に抑えた上で、急配の有料化を実現することが可能になります。
さらに言うなら、二番手の卸をも分析&研究した上で、三番手の卸がより良い形で急配の有料化に踏み切る可能性もあります。
まとめると、急配の有料化については“後続の卸”ほど有利ではないかと思えるのです。
言い換えれば、相対的に一番手の卸が割を食う可能性が高い。
繰り返しになりますが、一番手で急配を有料化しようものなら、その卸は多大なるリスクを負うことになるので。
どこの卸も、一番手で急配を有料化することは避けたい。
出来ることなら、状況を見つつ二番手・三番手で急配を有料化したい。
内心では『競合他社が損をして、なおかつ自社が最も得をするタイミングで有料化したい』と思っている。
営利企業である以上、自社にとっての損得を考えるのは当然のこと。
そして、競合他社が損することを望むのもまた、当然のこと。
そんな思惑があるからこそ、医薬品卸は各社ともに“一番手で急配を有料化する馬鹿な卸”が現れることを望みつつ、今日も様子見をしているのではないでしょうか?
例えるなら、卸同士の“睨み合い”といったところか…
最後に:急配を巡る卸同士の“睨み合い”が終わる日はいつか必ず来る
この記事を読んでくれている読者の皆さんも知っての通り、医薬品卸を取り巻く環境は厳しさを増してきています。
メーカーからの仕切価は上昇するばかり。
顧客からの値引き要求は相変わらず激しい。
度重なる【出荷調整】によって現場のMS(営業)は疲弊し、利益を稼ぐどころの話ではない。
会社に入ってくる利益(お金)が乏しいから、コスト削減を行うことで会社としての黒字を何とか維持している。
しかし…しかしです。
こういった“無理な状態”が、果たしてあと何年続くでしょうか?
“無理”を続けたところで、いつか必ず限界が来ます。
人間だって“無理”を続けていれば、心身が壊れてしまいますよね?
これは会社にも当てはまることだと私は考えています。
医薬品卸に関して言えば、急配は“無理”の代表格のような行為です。
何と言っても、配送に伴うコストは馬鹿にできないですからね。
こんな行為を続けていれば、会社として今以上のジリ貧状態に陥るのは間違いありません。
いつか必ず、無料での急配なんて実行できない程に、会社としての体力が弱まる日が来る。
多分ですけど、その時が急配を有料化するべきタイミングなのだと思います。
しかしながら、この記事でお伝えしたように、各社ともに思惑があるワケで。
特に、一番手で急配を有料化した卸は、高確率で顧客から嫌われてしまうワケで。
そんな事情があるから、今日も卸同士で“睨み合い”をしている。
言ってみれば、これって卸同士の消耗戦なんですよね。
アルフレッサも、メディセオも、スズケンも、東邦も、皆そうです。
いや、広域卸だけではなく地場卸も、自社にとっての損得について真剣に考えているからこそ、躊躇している。
急配を有料化するリスクを踏まえて、どの卸も二の足を踏んでいる。
でも、実際には“あわよくば急配を有料化したい”とも考えている。
だから、各社ともに虎視眈々とベストなタイミングを窺っている。
こうして考えてみると、卸同士の膠着状態って感じですよね。(汗)
互いが互いの動向に目を光らせているから、急配についての均衡が保たれているというか。
どこの卸も、自社が最も得するであろう機会を狙っている。
そして、競合他社が最も損するであろう展開を待っている。
そのために、今この瞬間も、辛抱強く耐え忍んでいる。
幽遊白書に出てくる「雷禅」「躯」「黄泉」の対立関係みたいな状態だな…
要するに、急配を巡る卸同士の“睨み合い”によって、各社ともに身動きが取れなくなっているのかなと思うワケです。
でも、こうして“睨み合い”をしていられるのも、今のうちだけかもしれません。
会社としての収益状況が今以上に悪化すれば、遅かれ早かれ“睨み合い”に終止符が打たれることでしょう。
何かの拍子に均衡が崩れて、どこかの卸が急配の有料化について決断する時が必ず来る。
その時こそ、卸各社の体制が大きく変わるタイミングなのかもしれませんね。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました!
コメント投稿はこちら
今回のテーマは急配有料化ですか!非常に興味湧く話題をありがとうございます。急配の商品が届いたら何か安い商品でも新規で注文いただけるとそれだけでも心が和むんですけどね…。又もし自社が先駆けて有料化しても貴方から(貴方の会社からではない)買いたいから急ぎは急配無料の卸に頼むわ❣️なんて言われるMSになれたら最高ですが現実的ではないですかねでも私の後輩の某優秀MSならワンチャンあるのでは⁈とも考えたりもします。ヒサシさんの書かれていたスーパーMSももしかしたらあり得るかもしれませんね!実際はどこか一社がやり始めるよりも我慢比べに耐えられず大手四社の一角が崩れたり合併する方が先になるように思いますがどうでしょうかね…でも大手四社が同じ日から急配有料化開始をしたら独禁法違反になるように思いますがどうでしょうね。
ホルモンさん
コメントありがとうございます!
ホルモンさんが仰る通り、独禁法云々のリスクがあることを鑑みると、4大卸が同時期に急配を有料化することは無いかと思います。
では、どこの卸が一番手で急配を有料化するのか?
…という件に関してですが、どの卸も急配を有料化する気配は今のところなさそうですね。
ただ、土曜日配送の廃止などが全国各地で相次いでいることからも、広域卸・地場卸を問わず財政的な余裕は無くなってきているはずです。
個人的には「急配を有料化する」という手段だけは意識的に避けて、別のやり方でコストカットに励んでいる印象があります。
医薬品卸にとって「急配を有料化」とは、もしかしたら「最後の手段」という位置付けなのかもしれませんね。
その辺りの事情について、卸各社の経営陣はどのように考えているのか気になるところです。